私の人生で2番目に大きな危機
早期退職
私は当時、INAXエンジニアリングで監査室の室長をしておりました、全国の営業所の業務監査を行う事が主な業務で毎月全国を回っていました。
ある日歩いていて着地感がない事と、手の痺れを感じMRI検査を受けたところ、頸椎狭窄症と診断され、神経の断面にスネークアイが現れている状態で、現状で首に衝撃を受けると手足が麻痺する可能性があると告げられました。その後、階段を下りる事も難しくなり監査業務の出張にも支障がでて、余儀なく早期退職の道を選びました。
頸椎狭窄症の手術
順調な会社員生活からの転落です、監査室長管理職の地位も、高額な年俸も失いました。
これからの生活の事や二人の子どもの大学受験の事を考えて途方に暮れていました。そして53歳の冬に歩行困難な状態が悪化したため、東京の岩井整形外科の東大教授の内視鏡による手術を受けました。手術前に術後に歩行できなくなる可能性や後遺症の説明を受けた上の手術でした。
詳しい説明はしませんでしたが、最悪の結果を考えて手術前に東京在住の親兄弟と会いました。そして手術当日の朝、なぜか涙があふれていたのを今でも思い出します。例えようのない不安と将来への心配、大切な家族の事を考えていたからだと思います。
手術室で麻酔を掛ける前に音楽が流れていました、出頭医の好きな曲でした。あとは記憶にありません。
そして目覚めた時に、真っ先に手足の指の感覚がある事に安堵しました。
そして少し手足を動かすと、動きました。感謝です!!!ひとまずはあんしんできました。
手足が自由に動くだけで、これほど感謝できた事はありませんでした。
この時、普段の生活で当たり前になっている事は、当たり前ではなく奇跡なんだと実感できた瞬間です。その後通院しながらリハビリーを行いましたが、手足の痺れは残り、現在に至っています。
失敗の連続で途方にくれる日々
問題は術後の生活費の問題でした、退職金や貯金がどんどん消えていきます、長女の大学、次女の大学の費用、毎月の生活費で数千万のお金が消えていきました。
年齢的にも肉体労働以外の仕事はなかなかなく、後遺症のため私には肉体労働は出来ません。
このころは将来の不安と焦りで視野が狭くなり、正しい判断力も低下していたように思います。
簡単に楽に稼ぐ手段として、株のデイトレードやレバレッジを効かせたFXトレードをしましたが失敗して、2年間で500万を溶かしてしまいました。
ネットビジネスのブログで稼ぐ方法に50万、これは詐欺まがいの商品でした、アプリ作成塾に40万を投資しました、アプリは総額100万を稼ぐことが出来ましたが、グーグルの規定更新について行けずに撤退しました。
今考えると、楽して簡単に儲かるビジネスなど無い事が判断できますが、当時はわらおも掴みたい気持ちで飛びついてしまいました、ダメですね。
このような体験をして後悔しましたがあとの祭りです、状況は更に悪くなりました。
起業で再スタート
手術後2年が経過した頃に、妻と共に本気で出費の見直しを始め、保険の見直し、生活費の見直しをおこない、出費を最小限に抑える事から始めました。
その時にリハビリーの担当者の方から障害年金の話を伺い、年金事務所に行き三ヶ月かけて申請をしたところ、3級の申請が通り半年後から年間56万円の支給を受けられるようになり、少し助かりました。
最低限の生活をするためには、これだけではまだまだ足りません。そこで妻も少しパートで稼ぐことになり、私は再就職が出来ないならば、自分で起業する事を決意して54歳の春に起業しました。
企業と言っても株式会社を設立しただけで何の実績もありませんが、自分のできる事から始めたのが、コーチ・コンサルタントの仕事です。
中小企業の社長様へのマネージメントやマーケティングのお手伝いをする仕事です、現在は2社の中小企業の顧問としてコンサルティング活動をしています。
他には、お悩み相談のコーチングやセミナーの開催をしています。
このころになると、最低限の生活費は何とか稼ぐこともできるようになり、心身ともに安定してきたように思います。企業に勤めていたころの収入はありませんが、少しづつ伸ばしています。
ピンチの体験から学んだこと
手術後の時の不安や焦りは、自分の後ろ向きな捉え方をしていたことが原因だったと今は思っています。
・一人で頑張ろうとしていたこと、家族を信頼して協力をお願いしていなかったこと。
・完璧主義の減点法で考え、無いこと、減る事に恐れていたこと。
・具体的な必要な生活費と、それを得る方法を冷静に考えていなかったこと。
・過去の栄光と比べてそれを取り戻そうとしていたこと。
・本当の目的は、家族の笑顔が欲しいことを忘れていたこと。
・自分の選択と決断をしていなかったこと。
・悪い未来だけに、意識を向けていたこと。
・家族や自分への期待が大きくなっていたこと。
反省する事は山ほどあります。
悩んでいる時は、自分の不安をブツケてしまい、家族にもたくさん迷惑を掛けました。
これからの進む道
57歳から不労所得を増やすためにネットビジネスに挑戦し、現在も進行中で目標は65歳以降は不労所得だけで生活をできる様になる事です。現在もリスクを想定して、慎重に進めています。このネットビジネスは残りの人生が終わるまで続けます。少しづつ楽しみながら育てて行きます。
全体計画として、収益の柱は年金・アフィリエイト販売・電子書籍、クリック型広告・FaceRigのアバター・LINEスタンプを考えています。その他にオンライン講座、有料ルーム、Live配信に挑戦したいと思います。
ネットビジネスのリスク
ネットビジネスにも想定外のリスクはありました、はじめてから現在まで何度となくやり直しを経験しています。
・Googleの規約違反の判定でAdSense を利用するすべてのサービスAdMob や YouTube などでの広告配信と収益化の機能が無効となる。
・ネット上の無料画像を使い著作権違反で費用が発生。
・サイト証明がされないために検索ランクが低くなる。
・自動更新機能が無いサーバーを使い更新忘れでサイトダウン。
・ブログサイトでのASP配信ができなくなる。
・無料ブログサイトのサービスが無くなる。
・PHPのバージョンアップができないサーバーでサイトダウン。
・wordpressの自動更新、プラグインやテーマの更新時のバックアップを忘れでサイトダウン。
・文章読み上げソフトの商用利用不可の問題で、コンテンツの作り直し。
まだまだ隠れたリスクは存在していると思います。
コンテンツ作成・サイト作成・ASP登録・集客・販売の各ステップでのリスク管理が必要な事を痛感しています。
リスク回避と今後の活動
不労所得ではありませんが、企業コンサルティングとセミナーは継続し、ZOOMでのオンラインセミナーとオンラインコーチングを70歳までは頑張ろうと思います。
現在はサイトの再構築を行い70%完成しています、販売コンテンツの修正は6本完成しました。
やりたいことはたくさんありますが、まずはコロナが落ち着いたころに妻と日本一周の旅をしたいと思います。私たちの人生の振り返りの旅をする事が今は楽しみです。
私の失敗体験が、あなたの役に立てば幸いです。
最後までご視聴いただきありがとうございました。
JCTAのヨコさんがお伝えしました。
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